2015年10月27日火曜日

妻がムーラン買いました。

妻がムーラン買いました。

当時ディズニーが初めてアジアを舞台にしたということで話題になりました。恋愛要素は隠し味程度で、お姫様系でもない。アナ雪やアラジンのように、華やかな映像と歌で魅了する代表シーンもない。

でもホントいい映画です。

これで、うちにDVDがあるディズニー映画はポカホンタスと2作になりました。

考えてみると共通するところはあって、両作品とも重要人物の格式が高く、物語の前提にある世界観はとても誠実に描かれています。ムーランは中国への敬意が、ポカホンタスはネイティブ・アメリカンへの敬意が、しっかりと物語全体に広がっています。制作チームの気高い情熱が伝わってくるんです。

妻はこんなこと言ってました。

「ムーランは、あなたの言葉で言うと『重んじる心を、重んじる』。大切な人が大切にしている価値観を、大切にしようとして、苦しむ。でも逃げない」

「最初の動機が、お父さんのため。家族のため。ムーランの勇気は応援したくなる」

「ディズニー作品のヒロインで最も自立していると思う」

「このケチな私がDVD買うなんてよっぽどだ」

というわけでおススメです。

以下はアギレラの挿入歌「リフレクション」。
映画シーンの日本語歌詞と両方を載せます。

Look at me
You may think you see
Who I really am
But you'll never know me
Every day
It's as if I play a part
Now I see
If I wear a mask
I can fool the world
But I cannot fool my heart
Who is that girl I see
Staring straight back at me?
When will my reflection show
Who I am inside?

ダメね
何のために生まれてきたの私
役に立たない娘
わかる ありのままの自分をごまかせないの
水に映る派手な姿 知らない人に見えるわ
隠せないわ 自分らしさ
本当の私 いつの日か
必ず映る いつの日か

*******
三歳児の娘が、
「何のために生まれてきたのわたし〜
役に〜立たないむすめ〜」
を昨日実家で食事中にリピートしまくって苦笑しました。

2015年9月18日金曜日

実名ブログを書く学び舎。

いずれ私が始める塾では、塾生に(場合によってはその親にも)実名ブログを推奨します。実名ブログを書く若者たちの良記事シェア、良書シェアを推奨します。これを実名推薦図書が集う私設の『みんなの図書室』で運営し、さらに地域コミュニティーへアウトプットを展開したら面白くなると妄想してワクワクしています。

とりあえず、大学生がブログを書いたら良いことあるよって記事のリンクを載せておく。
http://www.jimpei.net/entry/blogdaigaku

2015年9月11日金曜日

「新潮文庫の100冊」の冊子が可愛らしくて内容も素敵。

「新潮文庫の100冊」の冊子が可愛らしい絵本仕立てで素敵です。
http://100satsu.com/story/


娘もキュンタくんが大好きで、読んで聞かせるうちに覚えていました。
たくさん本を読む子になってほしいです。

*****

ある日、小さな町の
小さな本屋さんに
小さなロボットがやってきました。

「オヤオヤ 珍しいお客さんだね」

ウトウトしてた
本屋のおじいさんは
ロボットにたずねました。

「どこからきたんだい?」

「…ミライ」

「お名前は?」

「ナイ」

「なにしにきたんだい?」

「…ニンゲン、フシギ、ココロ」

なんだか
ウレシくなってきた
おじいさん。
ロボットに一冊の文庫をわたします。

「だったら本を読めばいい」

「…ホン?」

「本のなかには人間のいろんな
感情がつまってる。
ワクワク。ドキドキ。モンモン。
自分って? 生きるって? 幸せって?
読んだあと、何かわかるかもしれない。
わからなくなるかもしれない。
でも、これだけは言える。
キミの心は、
ちょっぴりだけど、
優しく、強く、ユーモラスになってる。
毎日の景色が、
違って見える。なんてね。」

「…ホン」

2015年8月28日金曜日

家入さんの起業の心。

家入一真さんの起業の考え方が好きです。彼は大きな物語に依存しません。
本日UPされた家入さんの寄稿です。
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「身近な誰か」に向けて「手紙を書くように」作るサービスのほうがいい

僕はこれまで「ロリポップ」「CAMPFIRE」「BASE」などのサービスを立ち上げてきました。ご存知の人はわかるように、僕が作る、もしくは立ち上げに携わったサービスは、すべて地味なんです。全然ハデじゃない。
なぜ地味になってしまうのでしょうか。もちろん、そもそも僕自身が地味だということもありますが、何より、ややこしくない、シンプルなビジネスが好きというのがあると思います。
たとえば、ペパボ時代に立ち上げた「ロリポップ」は、月額250円でサーバーを貸します、というものでした。これは、「使う人からお金をもらう」「その対価としてサーバを貸す」というものであり、構造が非常にシンプルでわかりやすいのです。
逆に、最近よく耳にするような、アドテクのようなビジネスは、なんだか複雑っぽいし、あまり理解できていないこともあり、よくわかりません。

そして、シンプルなビジネスが好きな理由が、もう一つあります。

サービスやビジネスを作るとき、僕が大事にしているのは、
「身近な人の顔を思い浮かべて、手紙を書くように作る」
ということです。

「BASE」を例に挙げると、このサービスは、代表である鶴岡くんから「実家の母親がネットショップをやりたがっているけれど、どうすればいいかわからず困っている」と聞き、
「もしかすると、鶴岡くんのお母さんみたいな人が世の中にたくさんいるかもしれない」
「鶴岡くんのお母さんが喜ぶサービスを作ろう」
という発想から誕生しました。
となると、「BASE」を作るうえで、常に「これは鶴岡くんのお母さんでも使える機能だろうか」「これはわかりにくくないだろうか」ということを、一つひとつ考えることになります。特定の身近な誰かを思い浮かべて作るということは、ターゲットもニーズも(本当はターゲットやニーズなんて言葉は使いたくないのだけど)、はっきりしているということです。ゴールも見えているので、どうしてもシンプルなものになります。
いわゆる「20代女性をターゲットにして」みたいなやり方では、僕には「このサービスを必要としている誰かの顔」がどうしても思い浮かばないのです。輪郭がぼやけたまま作ると、結局、誰にも刺さらないものができあがってしまいます。
ちなみに、サービスを作るときはマネタイズも並行して考えます。ガチガチに固まったものではなく、ぼんやりと「このへんでマネタイズができるといいね~」程度です。ぼんやりとゆるく考えておくことで、いざサービスを開始してみて「当初の想定と違った!」となっても柔軟に対応できます。
あ、もう一つ。身近な誰かのために作るということは、たとえそのサービスがビジネスとしては上手くいかなくても「一人だけでも喜んでくれた人がいる、それだけでもう大成功と言えるんじゃないか」と自分を納得させることができるという利点もあります(笑)。
「起業したいけどなにをしたらいいかわからない」
若い子からそんな相談を受けることも多々ありますが、いつも僕はこう返しています。「なんでもいい、まずは身近な誰かが喜ぶことをやってみたら?」と。すべてはそこから始まるんじゃないかと信じています。
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本当にその通りだと思います。
家入さんの起業の心をシェアしたい。

「高校くらい行かないと社会で通用しない」を信じる学生に推薦図書。

家入さんの著書は3冊、ブログとツイッターは去年からぼちぼち読んでいますが、彼ほど自分の失敗や恥の経験、内面のありのままをオープンに晒すリーダーは稀だと思います。

最初に読んだのは29歳当時の自伝『こんな僕でも社長になれた』。JASDAQ最年少上場社長となる直前に書かれたものです。高校退学、引きこもり、親の交通事故と自己破産、新聞配達からのIT起業。成功までの道のりも、華やかなようで全然そんなことはない。読んでみれば普通の人の普通の愛すべき物語でした。

その後、創業株を売った利益で数十億の資産を手にしますが、社長を辞職してから始めたカフェ事業などの失敗で大半を使い果たします。現実逃避しながら六本木を飲み歩き、次第に周囲の人は離れいく。絶頂からの転落、自分を再生する道、新たな起業と社会活動、そして前回の都知事選挙に立候補した想い。それらを綴った新著が『我が逃走』という自伝の続編です。
以下はプロローグから抜粋。
*****
福岡で興した<ペパボ>とともに東京に出てきて、会社はみるみるうちに大きくなり、晴れて上場。僕は創業からわずか数年で上場企業の社長になった。その後、個人でカフェやギャラリーをスタートさせ、順風満帆だった毎日。だけど、あっという間に僕を取り巻く状況は変わった。
いろんなものを手に入れて、そして失った。
数十億の残高はゼロになった。
友人だったはずの人たちは口々にこう言い始めた。
「家入はもう終わった」
もう誰のことも信じられなかった。頭にきたし、それ以上に悲しかった。でも、何も言えなかった。自暴自棄になり、僕は逃げた。逃げて、逃げて、逃げ続けた。
そして僕はゴボウになった
******
そのうち読みたいです。

実は私が勉強を教えている中学生の男の子にも、『15歳から、社長になれる。ぼくらの時代の起業入門』という家入さんの本を貸しています。彼は勉強が苦手で嫌なのに高校進学を希望しています。そんな矛盾を抱えた若者には、自分はなぜ高校に行って学びたいのかを、もっと深く泥臭く考えてほしい。学校に適応できず高校を中退し、一般的な会社にも適応できず起業せざるを得なかった、そんな家入さんの人生とメッセージから何か伝わるものがあればいいなと思っています。

「高校くらい行かないと社会で通用しない」

不安な大人たちの受け売りである理屈と漠然とした義務感から、高校進学を選択しないでほしい。高校に行かなくても本当に大切なことは学べる。雇われなくても逞しく幸せに生きていける。そんな人生事例とアプローチとスピリットに触れて、よく自分の心と対話した上で、なお高校へ行くという動機を発見してほしい。彼の人生にとって意味のある勉強と挑戦はそれからだと思います。

そんな感じで、家入さんという人物は面白いので時々注目しています。

2015年8月17日月曜日

夫婦関係に向き合う上で最高の良書の一つとなった『神との対話』から名言を集めてみた。

幸せになるために何かをするのではない。幸せだから、何かをする。共感できるよう何かをするのではなく、共感しているから、優しい行動をとる。
高い意識を持つ人は、魂の決定が先で、その後に行動がくる。無意識な人は、行動を通じて魂のある段階を生み出そうとする。


「しなければならないことは、何もない。ただ、ありのままの私であればいい」――そう自ら決めれば、行動によって問題を解決するのではなく、問題を起こす条件そのものが消えていく。私たちの進化の過程で、これがいちばん大切な真実かもしれない。


自分を愛していなければ、相手を愛することはできない。多くのひとたちは、相手への愛情を通じて、自分への愛情を求めるという過ちを犯している。裏返せば、愛してくれる他者がいないから、自分を憎んでいるひとが多い、ということだ。これはほんとうの「愛の病」だ。


人類にとって良いことか悪いことかを知る物差しが欲しいのなら、単純な質問をしてみるといい。誰もがそれをするようになったら、どうなるか?これは、とても簡単な、非常に正確な物差しだ。


人間関係の目的は、相手に満たしてもらうことではなく、「完全な自分」を分かち合う相手を持つことだ。


あなたがたは、いちばん基本的な信念以外のすべてに取り組んでいる。だが、問題を生み出しているのは、いちばん基本的な信念なのだ。


自分の世界観に照らして不適切なことは、誰もしない。


行動の奥にある信念に取り組まなければ、長い目で見た行動を変化させることはできない。


世界を変えようとせず、世界に関するあなたの心を変化させることを選びなさい。


本当の自分についての、最も壮大なヴィジョンの、最も偉大なヴァージョンだけで、自分の人生を表現しなさい。あなたの最も偉大なヴィジョンとは何だろうね?


わたしが言うことを、ひとことだって信じてはいけない。わたしが言うことを聞いて、それからあなたの心が真実だと告げることを信じなさい


あなたの愛によって、愛する者を世界に押し出しなさい。そして、彼らが自分自身を体験できるようにしむけなさい。それが本当の愛である。



すべての人間関係の決定的な接点において、問題はひとつしかない。 「いま、愛なら何をするだろうか?」 ほかのどんな疑問も無縁であり、あなたの魂にとって重要ではない。

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アマゾンの注文履歴見てみたら、この『神との対話』(ニール・D・ウォルシュ著)を2011/7/11に購入していました。当時みずほ証券の石川県金沢支店に勤めていて、本社のデリバティブ業務室に転勤する直前でした。結婚して4カ月。妊娠、翌年4月には子どもが生まれるということが分かる。本当に幸せではありましたが、しかしそこから、自分とパートナーとの関係、自己と社会との関係を、徹底的に再構築しなければならなくなっていきました。
ほんと、これほど思い出深い一冊はありません。でも妻は、去年120冊、今年は90冊以上も本を読んでいるくせに、未だに読まない。シェアしたいんだけどなーと時々思ってます。

2015年7月30日木曜日

コンセプチュアルな関係を内発的に築くということ

『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹より
 
ただ僕は思うのだが、本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。まわりの人々との具体的な交遊よりは、小説の執筆に専念できる落ち着いた生活の確立を優先したかった。僕の人生にとってもっとも重要な人間関係(リレーションシップ)とは、特定の誰かとのあいだというよりは、不特定多数の読者とのあいだに築かれるべきものだった。僕が生活の基盤を安定させ、執筆に集中できる環境を作り、少しでも質の高い作品を生み出していくことを、多くの読者はきっと歓迎してくれるに違いない。それこそが小説家としての僕にとっての責務であり、最優先事項ではないか。そういう考え方は今でも変わっていない。読者の顔は直接見えないし、それはある意味コンセプチュアルな人間関係である。しかし僕は一貫して、そのような目には見えない「観念的な」関係を、自分にとってもっとも意味あるものと定めて人生を送ってきた。
「みんなにいい顔はできない」、平ったく言えばそういうことになる。
*****

村上さんの言葉の中でも特にこの一節は、私にとって最も有意義な気づきと確信に繋がっています。

「社会くんとフェアな対話をしよう。」

「自己と世界はパートナーだ。」

私はよくそんな言い回しを好んで使います。それはつまり、不特定多数の人物に向けて頭と心をパカっと開き、派手にすっ転ぶ恐怖を感じるくらい、全体重を載せてコミュニケーション&アートして、自分主導でコンセプチュアルな関係を築けたら素敵な人生になりそうだよ、ということです。
健全に自立している人たちは皆、これを自然とやれている。
もっといえば、自立していない人たちは皆、他人主導のコンセプチュアルな関係にしがみついている。
もう一度書いておきます。

『僕の人生にとってもっとも重要な人間関係(リレーションシップ)とは、特定の誰かとのあいだというよりは、不特定多数の読者とのあいだに築かれるべきものだった。』

以上、「コンセプチュアルな関係を内発的に築く」という視点でした。